ママに沁みる映画 その6『普通の人々』

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2018年12月6日 木曜日

ママに沁みる映画 その6『普通の人々』


こんにちは。
子供たちのアレルギーが食事で治りました!
いまも三人育児に奮闘中の佐々木愛です。

 
映画って、育児のリフレッシュにぴったりですよね。
 

たまには1人で、ゆっくり映画を鑑賞したい。
子どもがいるとなかなか映画館には行けないから、レンタルか、視聴サービスで。
 
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そんなときにちょうどいい、素敵な映画ないかな?
 

あります、あります!
映画を愛する私が独断と偏見で、ママに沁みる映画を紹介してみます。
 

「子どもが出てくる、ママに沁みる映画」限定で。
自分を見つめなおしたり、育児のヒントにもなるかも?
 

今日はこちら↓↓↓
 

 
『普通の人々』
1980 アメリカ 監督:ロバート・レッドフォード

 
■あらすじ 
ジャレット家は、シカゴ郊外に邸宅を構える四人家族だった。
 

多忙な弁護士の父親カルビン(ドナルド・サザーランド)、
美しく社交的で世間体を重んじる母親べス(メアリー・タイラー・ムーア)、
水泳部のホープで学校の人気者の長男バック、
内向的で優しい性格の二男コンラッド(ティモシー・ハットン)。
 

ある日、湖にボートを出していた兄弟は嵐に会い、ボートが転覆して長男バックが死亡する。
 

助かったコンラッドだったが、その後精神のバランスを崩して自殺未遂をおこし、精神病院に入院することに。
 

四か月後、退院したコンラッドは日常生活に戻るが、ちっともよくなる気配はなかった。
よそよそしい母親や、事なかれ主義で鈍感な父親も彼の助けにはならない。
 
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ただ一人、父親が紹介してくれた精神分析医バーガー(ジャド・ハーシュ)だけが、コンラッドの抱える問題を理解していた・・・。

 
 

■佐々木のおすすめポイント 
怖い映画です。
この映画はコンラッドが退院してきたところから始まるんです。
目の前には、事故の前と変わらぬ、平穏な食卓がある。
 

以前と違うのは、兄の席がないことと、
両親がけっして自分たちの話を話題に選ばないこと。
 
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なんだ、これまでと同じだ。
これまでの楽しい生活と同じだ。そう思えばいいってことだよね、パパ、ママ。
 

だけどコンラッドはその茶番にうまく乗れない。
 

だって、自分は愛する兄を助けられなかった罪悪感に押し潰されそうだし、
目の前の母は自分を「代わりにアンタが死ねばよかったのよ」と思っているはずなのに!
 

コンラッドがそう言えて、母親が
「ええ、そうよ! あんたが死ねばよかったのに!」
「べス、お前は何ということを言うんだ!」
 

・・・となれば、コンラッドはある意味、救われるんです。
 

コンラッドが辛いのは、母親に愛されていないことではなくて、向き合ってもらえないこと。
だからコンラッドは救われたくて、その場の暗黙のタブーを破って、兄の話をしたりするけれど、無視されてしまうのです。
 

この茶番は何のために続くのか?

それは、ひとたび向き合って話を始めてしまったら、向き合わざるを得ないからです、
 

コンラッドは、自分が母親に愛されていないことに、
母親べスは、自分が死んだ長男だけを愛していたことに、
父親カルビンは、自分と家族に本物のきずながないことに。
 

本当は、みんな薄々気づいてることなのに、茶番は続く。
だけど無理があるから、あちこちの場面がほころびを呈していて、それがコンラッドを傷つけ、ますます病ませます。
 

そんな壮絶な、滑稽な、だけど、人間ならば誰だって身につまされる舞台が、この映画の主題なんです。
 

幸いコンラッドは、信頼できる精神科医に支えられ、決意を以て、この茶番から降ります。
結果、茶番は終わり、それまでの家族は崩壊します。
 

「ある家族が崩壊するまでを描いた映画。」
この映画はよくそんな風に表現されるし、ある意味その通りです。
 

けれど私は、このラストが大好きです。
それは、初めて「自分を生きている」コンラッドの目の輝きがとてもまぶしいからです。
 
 

■家族なら分かり合える、という先入観 
私は小さいころから、同居していた祖母(父方)が嫌いでした。
 

そして祖母も私が嫌いでした。
祖母は四人の孫の中で私にだけ当たりがきつかったので、それはよくわかりました。
 

当時の私は、内向的でセンシティブなんだけどナマイキな、扱いづらい子供でした。
祖母の考える「かわいい子」の枠に入らなかったんだと思います。
 

けれど私の母は、私によく言いました、
「そんなことないわよ、おばあちゃんは、孫のことはみんな同じように大切なはずよ」
 

そんなとき、私はよく母を問い詰めました、
「ねえ、なんでそんなごまかし言うの?
いいじゃん、別におばあちゃんが嫌いでも、おばあちゃんが私を嫌いでも。
そうなんだからしかたないじゃん。なんでそんなこと言うの?」
 

私には母の欺瞞が許せなかったのです。
 

「家族なら分かり合える」
「子どもを愛さない母親はいない」
 

こういう文言は、ときに脅迫状となって、それができない人を追い詰めます。
そういう人は、人間失格の烙印をおされたくなくて、自分のきもちをゆがませて、世界に適応しようとするでしょう。
 

だけど、その歪みは、結局、コンラッドのような弱者を襲うことになります。
 

今おもえば、私が母の欺瞞を真に受けてゆがまなかったのは、
私が、四兄弟で一番の変わり者ながら、両親の愛情をいっぱいに受けていて自己肯定レベルが高かったので(笑)、「祖母に嫌われている」を受け入れても痛くもかゆくもなかったからです。
 

わたしの実家も「普通の人々」の要素はあったのだけど、ジャレット家とは違って、風穴があいていたわけです。
 

おかげでわたしは、祖母が嫌いと言いつつも、
うらみとか、憎しみとか、そういう抑圧された感情は全くありません(笑)
 

自分のなかに「善良な人」ではない部分がある、
それを認め、自分を自分で許す。そうすれば、それまでより楽になる。
 

そのことを教えてくれた祖母に、これを書いていたら感謝の念が湧いてきました(笑)




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