玄米と報道。

2015年8月7日 金曜日

玄米と報道。

『玄米、いいのか、悪いのか。』戦国時代編、いかがでしたか。
 

『清正記』『続撰清正記』がどのようなものか、知ってみると、
(黒飯、黒米の実態はべつにしても)
「清正は玄米を常食していた」説が、いかに根拠に欠けたものであるか、見えてきますね。
 

今回私が提示した資料は、どれも一般人がアクセスできるものだったというのに、
「清正は玄米を常食していた」説が、ここまで一般的になってしまったわけ。
 

それは、「この一文はこういう意味だ、と広めたい」発信者がいて、
その情報に発信者の見解が入り込んでいたにもかかわらず、
それを「資料にそうあるなら間違いなかろう」と、簡単に信じてしまった受け手がいたからです。
 
 

これと同じことは、常に私たちの身の回りで起きています。
 

ネットの世界だけではありません。
テレビや新聞でも同じことです。
新聞やニュースのヘッドラインには、毎日のように、著名人の発言から切り取られた文言が踊りますね。
 

・・・それらはしっかりした報道メディアなんだから、フラットな情報が手に入るはずだ? 
そうでしょうか。
それならばなぜ、局によって、一人の政治家がまるで別人のように違って見えるのでしょうか。
 

・・・待って、NHKはフラットでしょ、って?
いいえ、NHKがNHKであろうとする過程において、情報の取捨選択はおこるはずです。
 
 

誰もが、できるだけフラットな情報に触れたいと思っている。
けれど、情報をあつめ、編集し、発信する主体がいる以上、この世にフラットな報道などないのです。
しかも、発信者が情報を扱うプロならなおさらです。
 

誰が、どんな意図をもって、事実を切り取ったか。
それは、場合によっては、その情報自体と同じくらい、重要なことです。
 
 

・・・そんなこと、いちいちチェックしていられない、って?
同感です。忙しいママさんに、そんな時間はありませんよね。
 

大切なのは、「そもそも報道とはそういうものだ」という前提でものを見ることではないでしょうか。
 

「へえ、〇〇さんがこんなこと言ったのか。ひどいなあ、軽蔑ものだ!」
(だけど、どういう状況で誰に言ったのか、書いてないなあ?)
 

「ほー、〇〇っていう条例にはそんな一文があるのかー、女性の事を考えているなあ」
(だけど、いつ作られたもので、全文はどんな感じなんだろう?)
 
 

それを、知らないな、と気づくこと。
このワンクッションが、情報過多の現在で、主体性を保つには大切だと、私は感じます。
 
 

それでは、次回、通史編まで、しばらくお待ちください。




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